WE CAN WALK IT OUT
〜『てくてくエンジェル』開発秘話
(株)ハドソン 長山豊
○第一章『玄太を超えた日』

「げっつ!! 85キロ!!」
風呂上がり、体重計に乗った私は素っ裸のまま叫んでいた。
体重85キロ・・・すぐさま連想したのは昔のTVドラマのタイトル『池中玄太80キロ』だった。
あのころの西田敏行でさえ体重80キロだったのに、今の自分はそれを大きく超えている・・・
前々からデブという自覚はあったものの、まさかこれほどまで太っていたとは・・・
確か大学時代の体重は57キロぐらいだった記憶がある。
それから比べるとほぼ30キロは太っていることになる。
今の私が32歳だから10年間で30キロの体重増という計算だ。
年間3キロ・・・このペースで太っていったら西暦2001年には体重100キロになってしまう・・・
玄太・・げんた・・ゲンタ・・俺は・・玄太を超えてしまった・・・
妄想はどんどん膨らみ、気がつけばうわごとのように彼の名をつぶやいていた。

「いかん!!」
我に返った私はパジャマに着替え、意を決して妻に宣言した。
「週末、靴を買う! そして月曜の朝からジョギングを始める! 理由は聞かないでくれ!」
○第二章『3週間坊主』

何かを始めようとするとき、まず形から入るのが私の悪い癖だ。
実を言えばずっと以前にもジョギングを始めようとしたことがある。
そのときに買った靴が確か下駄箱の奥に入っている筈だが、それを使う気にはなれなかった。
私にとって大事なのは罪悪感だ。
何かを始めるために財布に余計な負担をかけて、その罪悪感を継続のためのエネルギーに変えてゆく・・・
「1万2000円・・痛いぞ・・特に今は給料日前だから致命的だ・・・
三日坊主で終わったら一日あたり4000円の出費だ。
これは止めるわけにはいかない。続かなかったら赤っ恥だ!!」
こんな感じに自分を追いつめ、結局私の早朝ジョギングは3週間ぐらい続いた。

ジョギングが続かなかった理由・・・それは捻挫だった。
急に運動するとかえって体に悪いという見本のような話だ。
私は仕方なく同じコースを歩くことにした。
何の運動もしないよりはマシだろう・・
そう思って始めたこの運動が『ウォーキング』という立派なスポーツなのだということを知ったのは それからしばらく後のことになる。
○第三章『ウォーキングの弱点』

しかし情けないことにこの早朝ウォーキングも そう長くは続かなかった。
理由はいくつかある。
まずウォーキングは形から入りにくいこと。
普通の服や普通の靴で始められるウォーキングは、何も買い揃えるものがない。
歩数計を買うことも考えたが一日に歩いた歩数をただ数えるだけの機械にはそれほど魅力を感じなかった。
何も買うものがないということは手軽な反面、やめてしまっても痛くないという弱点でもある。
またウォーキングは他のスポーツと違って『上達しない』という弱点がある。
いつでもどこでも始められるという便利さは今無理してやらなくても大丈夫という甘えを増長させることにもつながってしまう・・・
私はウォーキングの弱点を次々とあげつらっては 自分が続けられなかった理由付けをしていた。
最大の理由である『意志が弱い』という点を棚に上げて・・・
○第四章『ゴールデンウィークの宿題』

ゴールデンウィーク前日、上司である中野専務がやってきて帰り際の私に
「ハドソンでもキーチェーンのミニゲームを作れないのか?」
と聞いてきた。
私は即座に言った。
「どんなものを出しても他社のマネになります。」
以前から私なりに考えていた結論だった。
しかしこの日の専務は引かなかった。
「でも何かあるだろう? 何でもいいんだ! 考えてみてくれ!」
「それじゃ ゴールデンウィークの宿題にさせてください。」
私はそういって会社を後にした。

ゴールデンウィークは妻の実家である旭川で過ごした。
ある日、妻の友人宅に招かれて世間話をしていた際、某社の某有名携帯型育成ゲームの話題が出た。
「なかなか手に入らないんだよね・・」
「でもあれって一生懸命育てても結局死んじゃって、あの時間を返してくれって気分になるよ!」
「えー! もう遊んでないの! じゃ頂戴!」
「ダメ!」

そんな会話を聞きながら、私はすっかり忘れていた『宿題』についてもう少しちゃんと考えてみようと思った。
「これだけ話題になってたら専務じゃなくても一生懸命になるよなぁ・・・」

深夜、実家に戻り布団につく・・・TVを消して、部屋の明かりを消して、外部からの情報を一切カットして『考えている自分』を意識する。
ゲーム企画者としてアイディアに詰まった時、私はいつもこの方法で答えを出してきた。
他人の考えたこと、他人の言ってること、他人のやってること・・・
それらをすべて取り除いて、自分の考えていることだけに集中する・・・

そういえば最近、歩いてないな・・・
やっぱり歩数計・・買おうかな・・・
それはそうと専務の宿題・・どうしようかな・・・
○第五章『天使のノック』

「あっ! くっつけちゃえばいいんだ!」
発想としては、あまりにもイージーなものだった。
しかし私にとってそれは『天使に頭の中をノックされたような』新鮮な衝撃だった。
がばっと起きあがった私は、隣で熟睡していた妻を揺り起こした。
結婚して4年になるが、こんなことをするのは初めてのことだった。

「あのね! 歩数計と育成ゲームをくっつけるんだ!
それでキャラクターを歩いて育てる! そしたらダイエットにもいいし、マネじゃない育成ゲームも作れる! 専務の宿題これでOKじゃないかな?」

普段、寝起きの悪いはずの妻もすぐに話に乗ってきた。
「あっ! それいいね!
それじゃ、明日すぐ歩数計買いに行こうよ!」

それからしばらくの間、私たちはこの『歩数計機能付き育成ゲーム』について語り合っていた。
「TVで見たんだけど食事制限のダイエットは危険なんだって! やっぱり歩くのが一番いいらしいよ。」
「ゲーム感覚でウォーキングできる! これがいいよね!」
「みんながこれ買ったら車の移動が少なくなるから環境にもいいよ!」
「プレイヤーとキャラクターが一緒に成長する育成ゲーム! こんなのって今までなかったよね?」

熱く語り合った後、妻がポツリと
「でも・・そんなのウチの会社で本当に出せるのかな・・・」
「うーん・・・」
その言葉が『お休みなさい』の挨拶の代わりになった。
○第六章『コンセプト・シート』

「専務! これゴールデンウィークの宿題です。」
連休明けの朝、私は中野専務にコンセプトシートを手渡した。
内容は、あの『天使にノックされた晩』に二人で話し合った事柄をまとめ直したようなものだった。
「うん。いいんじゃないか? よし! これ作るか!」
「へ?」
あまりにもあっさりOKが出て、かえって拍子抜けしてしまう。
用意した数々の『説得材料』を持ち出す間もなく専務は私の直属の上司である竹部さんと高野さんを呼んでコンセプトシートを見せた。
「ハードは出村がいるから研究してもらうとして、プログラムはアイツがいいな・・ 俺はウィンドウズ上でCPUをエミュレーションするソフトを作るから高野はディレクターやって! あと長山はもう少し詳しい仕様書を頼む!」
竹部さんはあれよあれよという間にスタッフィングを済ませてしまう。
まだ構想すら固まっていない『歩数計機能付き育成ゲーム』なのに、竹部さんの頭の中ではこれを実現するためにはどうしたらいいのかが正確に予想できているようだった。
いつもながらすごい人だ。
それと こんな企画を即決した専務・・・
キーチェーン付きのミニゲームを考えろと言うオーダーに対して私の出した回答は『ちょっと毛色の変わった歩数計』だった。
「ふざけるな!」と怒られても文句は言えないし、何よりこんな売れるのか売れないのか予想もつかないモノに対してリスクを負ってくれる上司がいたことがうれしかった。
○第七章『救急病棟』

企画を煮詰める段階になって、ひとつだけ真剣に悩んでいたことがあった。
それは育成ゲームにありがちな『お世話』をどうするかについてだった。
手間がかかるから愛着がわくというのもよくわかる。
しかし『歩いて育てる』というコンセプトの育成ゲームに果たしてエサをあげたり、排泄物を処理したり、ゲームでご機嫌をとったりさせる必要があるのだろうか?
かといって、こういう育成ゲームの定番要素を取り去ってしまって本当にいいのだろうか?
そんな中、予想もしていなかったことが起こった。
旭川に住む義母がクモ膜下出血で倒れたというのである。

救急病棟の待合室・・
私は必死に某有名携帯型育成ゲームのボタンを押していた。
こんな状況で不謹慎なのは重々承知している。
しかし生死を分けるような大手術の最中に、某有名携帯型育成ゲームのキャラが『死んで』しまうのは縁起が悪すぎる・・・
30過ぎの男が救急病棟の待合室で必死になってミニゲームを遊んでいる図はかなり不気味なモノだったであろう・・・
「私はいったい何をやっているのだ?」
自問しながらもミニゲームをやり続ける。
ごきげんをアップさせないと・・・そろそろエサをあげないと・・・
あっ! 親戚の人が来た!

12時間の手術が無事終わった。結果は大成功だった。
しかしその喜びの中、すっかり忘れられていた某有名携帯型育成ゲームのキャラは気が付いた時には死んでいた。
ヤツの墓を見ながら・・・そして元気になった義母の顔を見ながら私は決心した。
「もうユーザーを振り回すような育成ゲームは遊ばないし、これからも作らない!」
○第八章『デザインワーク』

コンセプトが決まった時点で 企画は何の問題もなく進めることが出来た。
最初はぶよぶよした不定形生物でユーザーがきちんと歩けば二本足になり、ちょっとサボると四本足になり、もっとサボるとヘビのような生き物に成長する。
そしてそれぞれに健康体、通常体、肥満体のパターンがある・・・
最終的には羽根でも生やすか・・・
こうなると他の育成ゲームよりも必然的に絵のバリエーションが増えてしまう・・・
しかも画面が小さい分キャラの表情や動きにセンスが要求される・・・
そんなシビアな仕事が出来るデザイナーは社内にもそう多くない。
しかし私の中ではキャラクターデザインをお願いする相手は決まっていた。
角谷みかさんである。

私は『偶然を装って』角谷さんに話しかけた。
「あのね! 育成ゲーム作るんだ!
仕事詰まってないなら軽く手伝ってくれないかな?
あっ! 絵の量はそんなに多くないと思うよ!(大嘘)
OK? よかった! それじゃオレ部長に話、通しとくわ!」

もうひとつ決めなければいけないことがあった。
外観デザインだ。
常に持ち歩くものであるため、これもセンスの良さが勝負だ。
デザインは社内のデザイナーから募集した。
20点ほど集まったのデザインの中から生産コストや、強度などに問題のあるものを除外する。
その後、社内の女性デザイナーの多数決を取り、最終的には長山真希さんのデザインが採用された。
彼女は、あの『天使にノックされた晩』に私の隣で眠っていた女性でもある。
○第九章『ネーミング』

ネーミングもなかなか決まらなかった。
最初、私は『てくてくテイク』という名前を考えた。
「ユーザーが、てくてく歩いてキャラも一緒につれていく(Take)・・
韻も踏んでるし結構いいと思うんですけど・・・」

しかしこのネーミングに専務が難色を示した。
「オレは江戸っ子だから『て』の音が重なりすぎるとうまく発音出来ないんだ。
それと、商品の名前がキャラの名前を表しているような感じにならないか?」

確かにキャラの名前は便宜上「二足幼年健康」とか「無足青年肥満」とか、味気ない呼ばれ方をされていた。
こいつら全体の名前は・・・何だ?
最初はぶよぶよの不定形生物で・・最終的には羽根が生えて・・・

「そうか! 不定形生物のジェル君が成長してエンジェルになればいいんだ!」
こうして育成散歩計『てくてくエンジェル』のネーミングが決定した。
これに合わせて各キャラの名称も『みみジェル』、『でぶジェル』、『まどもあジェル』などと語呂合わせをしていった。
○第十章『WE CAN WALK IT OUT』

『天使にノックされた晩』から半年・・・
今、私の手元には『てくてくエンジェル』のプロト版がある。
プロジェクトのディレクターをしながらプログラマーとしても800枚のグラフィックデーターを必死に圧縮してくれた高野さん、素晴らしいキャラクターを描いてくれた角谷みかさん、夏休みをつぶしてまでプログラムを書いてくれたF君と、デバッグをしながら企画の内容に関しても助言をくれた武藤さん。
メーカーさんと共に文句無いハードを作ってくれた出村君。
プロト版完成後、それを持って20社以上の出版社をまわってくれた宣伝の関根さん・・・

ここに名前が出た人たち以外にもたくさんのスタッフの協力があって
ここに書いた以外にも様々な苦労があって、今ようやく発売日を迎えようとしている。
関わったスタッフ全員がプロの仕事を見せてくれて
関わったスタッフ全員が作品に対しての愛情を今まで以上に感じている・・・
『てくてくエンジェル』は そんなプロジェクトだった気がする。

ビートルズの曲に『WE CAN WORK IT OUT』というタイトルがある。
私の頼りない英語力で意訳すると『きっとうまくいくよ』というような意味だったと思う。
今、その言葉をちょっとだけ変えて
『WE CAN WALK IT OUT』という言葉を思いついた。
『WE CAN WALK IT OUT』・・・無理矢理直訳すると
『我々は それをつれて外に出ることが出来る』そんな意味にはならないだろうか?

『てくてくエンジェル』を開発するに当たって、私は半年間会社に歩いて通勤した。
ウォーキングをしている人たちの気持ちを少しでも理解したかったからだ。
その甲斐あってか体重も8キロほど落とすことが出来た。

まだ生まれたばかりの商品だけど、きっとうまくいくよ。
売れるのか売れないのか予想もつかない商品だけど、きっとうまくいくよ。
買った人の評判がすごく気になるけど、きっとうまくいくよ。
『てくてくエンジェル』を連れて外に出れば、きっとうまくいくよ・・

そう。レノン&マッカートニーだって断言している。
これまでも、これからも・・・きっとうまくいくよ。

WE CAN WORK IT OUT
IF YOU WALK IT OUT!!
おしまい

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